一流の微差

『一流の微差』 25ans 世代の老舗 by 甘粕りりこ


ほんの数年前までは限られた人のためにそんざいしていたネイルサロン。しかし今やあらゆる女性たちの社交場ともいえるものに化している。誰もが当たり前のようにネイルに投資する時代だからこそ「一流」と呼ぶに相応しいサロンを私たちは求めてやまない。

身体に寄り添うようなジャケットやパンツで軽やかに時代をっていたとしても、爪先に時代遅れの色が塗られていたら、それだけで古臭い印象になってしまう。ネイルの面積なんてほんのわずかなのに、ネイルの形やそこにのせられるカラ-は全体のスタイルを支配している。プロフェッショナルの技術で爪を整え、カラーを塗ってもらう。昭和の時代には一部のゴージャス・マダムたちのものだった贅沢が、あっという間に一般女性の身だしなみになった。ネイルケアという新しいスタイルの宣教師的な役割を果たしたのが、ロングル・アージュだった。ロングル・アージュは奇抜なネイルアートや生活の邪魔になるような長さは決してすすめない。宝飾品代わりのネイルではなくて、あくまで日常使いのアクセサリーと言う感覚である。

日本のネイルサロンの発祥は1970年。インターンカットという美容室の一角に設けられたネイルコーナーだった。商社マンだった夫の赴任先アメリカで、ネイルサロンを経験したアン山崎という日本人女性が始めたものである。ネイルコーナーには芸能人やお金持ちの御夫人といったパーティー・ピープルの顧客もつき、81年には青山に日本で始めてのネイルサロン“ネイルバンク”を開いた。この頃のネイル・ケアはまだまだ趣向品だった。アン山崎の下でマニキュアリストとして働いていたのが、ロングルアージュを立ち上げた東條てるみである。軽い気持ちで始めたが、次第に普通の生活をしている人にもネイルサロンを普及させたいと思うようになった。当時はひとにマニキュアリストという職業を理解してもらえなかったことも、その思いに拍車をかけたという。

87年に独立して麻布十番に撫爪庵というネイルサロンを開く。一般の人が入りやすいように価格も抑え五千円とした。価格だけでなく、ケアの点でも新しいスタイルを打ち出した。アメリカのネイルサロンでは甘皮を全部カットしてしまうが、ここでは甘皮の不必要な部分のみカットするというもの。このことも一般の人にネイル・ケアを受け入れやすくしている。ロングルアージュと店名を変えたのは一年半後。同時に西麻布のマンションの一室に移った。新しい名前は、フランス語のONGL(爪)と英語のAGE(時代)を組み合わせたも造語である。94年に現在の広尾に引越し、3年後には同じビルの最上階でさらに完成された新店舗を構えている。まさしく、ここは「爪の時代」を大言した空間である。

デザイナーの作品である空間

女性が美しくなる為の最高の美容液は、自惚れと視線だと思う。わだわだ時間とお金をかけてネイルを磨き上げることによって、具体的な変化だけでなく、自分は手入れの行き届いた女性なんだという意識を手に入れられる。ロングル・アージュは、贅沢していることを実感させてくれる空間である。エレベーターを降りてからの短いアプローチは、奥に広がる世界を期待させる。店内はピンクや黄色、水色といったパステルカラーが効果的に使われ、色の洪水を浴びているよう。面を強調したデザインは、空間を自在に使っているという感じ。大胆で斬新な店内は、街のざわつきや日常の雑事を完璧に遮断してくれる。

設計したのは内田繁。京都ホテルのロビーをはじめとする都市空間や三宅一生のブティック、スタイリッシュ和食のはしりだったゆず亭など、街の最新をデザインしてきた建築家である。ロングルアージュも、東京の新しい要素がつまった空間だ。一見人工的な空間だが5分もいるとくつろいだ気分になり、自然光がたっぷりと降りそそぐなかのんびりとケアを受けることができる。建築家の“作品”でありながらゆったりできるのは、機能的にも完成されているからだろう。どの席からでも見せ全体が見渡せるから安心感があるし、ウエイティングスペースからケア、ケアから乾かす場所までの移動もスムーズにできる。

もうひとつの美容液“視線”もたっぷり味わうことができる。ここは街の上級者たちが、最後の仕上げに訪れる場所なのだ。彼女たちは皆、絶妙な距離の取り方で時代を取り入れたファッションである。お互いに視線を走らせながら、自分の距離感がずれていないかどうか確認しあっている。

ホスピタリティにも工夫がある、通常ネイルサロンでは、ハーブティーがだされるのだが、ネイルサロンに昆布茶とはおもしろい。コーヒーや紅茶といったサトウやミルクを使わなければならないものは、折角塗ったネイルを引っかけてしまう可能性があるので出さないのだという。いつも何気なく飲んでいた昆布茶にも、ここまで細かい配慮があるとは知らなかった。

お茶や雑誌だけでなく、マッサージを受けてネイルの乾くのを待つこともできる。入った左側には個室が2室とマッサージルームがあり、曜日によってマッサージを受けられるようになっている。月・水・金曜日はアロママッサージ、木・土・日曜日はスポーツマッサージ。リラクゼーション・メニューも積極的に取り入れている。ペディキュアコースにはファンゴ&ハーブのパックのサービスがつく。アイスノンのようなものを首や腰に巻くスタイルで血液循環と発刊作用を促進させる作用があるという。じんわりと熱く、当てた部分がほぐれていくような感じ。

東京で唯一のネイルミュージアム

ネイルに関する最新情報が目で楽しめるのも、個性。この空間は「ネイル・ミュージアム」とうい概念で作られている。入り口の横や化粧室までの廊下など、そこここの壁にネイルの新色やケアのためのグッズなどが飾られている。流行色発信ブランドであるシャネルの新色もいち早くチェックできるし、ロングルアージュ・オリジナルのケア製品もいくつかディスプレイされている。

ここを訪れる客たちが金を払うのはゆったりとすごす贅沢で開放的な時間に対して、だと思う。流行の色をのせたネイルは、その時間の土産」なのである。

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